インターネット上の設計ガイダンス記事[A]を参考にして、電源電圧5V(単電源) +40dBおよび+80dB電圧ゲインの小信号アンプの実現を試みました。同ガイダンスに従えば、hFE=100のトランジスタで、電源電圧5V(単電源) +40dBおよび+80dB電圧ゲインの小信号アンプが実現できることになっています。
その設計法は、基本的にはトランジスタのDC特性である負荷線(load line)を使用した設計法[1]をとっています。しかし、少なからぬ設計上の論理手順の不具合が内在すると見られ、設計上の計算が困難であることがわかってきました。
1. 電圧利得 +40dB 5V 単電源トランジスタ1石アンプの再現・検証
(1)仮想的NPN TRモデルを使った+40dB電圧ゲインの小信号アンプ 過渡解析結果
これは、LTspiceに実装済のNPNトランジスタ(トランジスタ型番指定無し)で、小信号アンプを構成し、過渡解析したものです。歪が少ない100倍(+40dB)の増幅が出来ています。
(2)仮想的NPN TRモデルを使った+40dB電圧ゲインの小信号アンプ AC解析結果
LTspiceに実装済のNPNトランジスタ(トランジスタ型番指定無し)で、小信号アンプを構成し、AC解析したものです。100倍(+40dB)の増幅が出来ています。
しかし、周波数10GHzでも利得が一定で、位相も反転(180度)一定で、(トランジスタ型番指定無し)では、性能があまりにも良すぎる結果になります。
このような高性能を得ることは、一般の汎用トランジスタでは困難と思われます。
(3)LM741 OPアンプ用トランジスタモデルを使ったアンプ 過渡解析
LM741内に使われているトランジスタモデルを使用すると、汎用トランジスタより、利得の高い高性能が実現できます。IC実装では望まれないC3をエミッタに接続し交流利得の上昇を図りました。
それでも電源電圧5V 単電源で、+40dB利得の実現はできませんでした。
(4)LM741 OPアンプ用トランジスタモデルを使ったアンプ AC解析
このように利得は、約25dBが上限です。
汎用トランジスタ 2SC1815, 2N2222 等では、利得はこれよりも相当に下がってしまいました。
2. 電圧利得 +80dB 5V 単電源トランジスタ2石アンプの再現・検証
ガイダンス[A]に従い、1石トランジスタアンプを2段にし、利得低下を防ぐためのインピーダンスマッチング効果を目的とした、エミッタフォロワアンプ(Q3)を追加した。
(1)過渡解析結果
ガイダンス記事の指定によるエミッタフォロワアンプ(Q3)を追加すると、一段目の出力は+40dB利得で期待値になります。
しかし、2段目アンプの出力が大きく減衰してしまいます。
(2)AC解析結果
前述のように、一段目アンプ出力の利得は+40dBで期待値になります。
しかし、2段目アンプ出力の利得は大きく減衰し、実質的にアッテネータ動作となり、全体利得 -10dB(減衰器) になってしまいます。
(3) 対策:ガイダンスのオリジナル回路エミッタフォロア(Q3)にバイアス電圧を与えてみます。
過渡解析結果
目標利得+80dBは達成できないものの、+74dB利得にまで性能改善しました。しかし、目標利得には+6dB足りません。
AC解析結果
3[Hz]に位相の大きく変化する共振現象が見られます。この周波数でアンプは異常動作するリスクが見られます。
補足情報:
1石アンプは、Ic=0.1[mA]〜2[mA]程度のアイドリング電流で設計されることが多いようです。
一方、このガイダンス記事では、周波数特性を上げるためか、Ic=+26[mA]と、従来の30倍近いコレクタ電流を流しています。トランジスタ発熱による熱暴走が懸念されますが、この後のガイダンス[A]によると、温度補償のアプローチがとられており、+25℃〜+125℃の温度変化でも+80dB利得が得られたと書かれています。
当方では、現在のところ、この温度補償の問題も解決できていません。(再現性を確認できず。)
設計ガイダンス[A]に記載されている利得特性
上のグラフがTr1石アンプの利得特性で、200K[Hz]〜100M[Hz]と大変広帯域で100M[Hz]と大変高い周波数まで+40dBがとれたという内容です。
下のグラフがバッファアンプ経由で+80dBという極めて高い利得目標が達成できたと書かれています。
バッファアンプの回路
設計ガイダンス[A]には、どういうわけか、バッファアンプのベースにバイアス回路が無いのです。
追記:
(4)エミッタフォロワ(Q3)に電圧利得+80dBを設計目標値でできる効果が本当に期待できるのかを検証するため、回路(3)から、Q3を外して、2石のC結合アンプを構成して、その性能を解析しました。
過渡解析結果
20MHz ±100mVのサイン波を入力。出力目標設計値±1Vには達していませんが、波形はそれほどひどい歪は見られません。2石直結のほうが特性が良い結果です。
AC解析結果
周波数特性を見ると、100KHz以下での利得低下が著しく、位相も大きく変化し、低周波領域では全く実用にならないアンプになってしまいました。
このアンプ設計では、低周波でも高周波でも実用になる見込みが見いだせません。
目標利得80dBは、おそらくビデオアンプとしては、その利用周波数領域での実用は無理そうです。
こういう解析結果からは、最初の1石アンプに戻って見て、ガイダンス[A]の設計方法では、はたして設計法として正しいのか?という疑問が起こるのです。やはり、ここの別記事で書いている交流等価回路または、まだ記述していない、高周波アンプの等価回路モデルを使って設計を行うのが良い結果になるのではないのかな?と。
少なくとも負荷直線はDC特性から計算されるのにかかわらず、DC〜低周波領域ではアンプとして機能しないという目的外の結果を得てしまったので、これではNGなデザイン法であるという結果となってしまいました。
(ガイダンス[A]の設計法に従うと、記事に示された結果が再現できませんでした。)
トランジスタ技術誌さんによる2N2222 1石40dBアンプの実現例
(うまく設計できている例)
40dBアンプの過渡解析は期待利得で波形も正常です。
それでも40dBアンプは、1M[Hz]以上での利得確保は困難そうです。
以上のように、100M[Hz]までTr3石で+80dBアンプが本当に実現できるのでか疑問があります。できたら革命的とは思いますが、信じられないほどハイテクではないでしょうか。
僕の経験では、ストレートアンプで+80dBも利得をとると、そのアンプは簡単に発振します。
(動作検証した)参照資料:( Maybe waste of time, Not recommended.)
[A] Analog ABC(アナログ技術基礎講座):
第9回 エミッタ接地回路のサプリメント ~ エミッタ・フォロア
http://eetimes.jp/ee/articles/0910/29/news107_2.html
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参考資料:
[1] Amplifiers: Construction of Load Lines 1971 USAF Electronics Training Film
参考資料:(お勧め、大変わかりやすく実験で検証されてる正確な情報です。)
[2] Electronics: "Basic Amplifiers" pt1-2 1963 US Army Training Film
大変分かりやすくアンプ全般を解説している優れた教育用ビデオです。
真空管アンプの話ですが、考え方は現代にも引き継がれています。
[3] Electronics: "Basic Amplifiers" pt2-2 1963 US Army Training Film
https://www.youtube.com/watch?v=830zDTm55-w
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2016/3/10 追記
この記事で参考にした設計資料は何かの(良くない)冗談かもしれません。
検証したアンプ回路設計の課題:
(1)負荷線のグラフを示しながら、その式が出てこないのです。
Ic=Vcc/Rc-(1/Rc)*Vce が
負荷線の計算式です。・・・これが書かれていません。
(2)バイアスポイントの計算方法の思考方法が奇妙で、説明記事中のグラフから求められています。
経験則ではIcの1/10程度の電流をバイアス抵抗に流し、エミッタでのバイアス電圧は概ねVcc/2[V]近辺に設定すれば、最も大きなダイナミックスイングレンジを得られるようです。
(3)筆者の方が、「学校で習ったデブナンの定理の使い方を知らなかった」ということが文面に書かれています。電子回路の初期教育では数分でノートンの定理,KVM, KCLと同時に紹介されているのがわかりました。これは不思議に思えました。(KCL,KVMは中学生の技術家庭科でも教わった内容です。)
(4)負荷抵抗が小さすぎるために利得が出せない原因になっています。これは僕の見る限り設計不良ではないかと思います。
(5)バイアスポイントを決めるバイアス抵抗の計算が誤っています。このため、RCで構成されるHPFの遮断周波数が高めになり、AF周波数領域を増幅できない原因になっています。
HPFの遮断周波数: fc=1/(2*π*R*C)
R=R1//R2 ・・・僕の考え方では、マイナスグランド側とVccラインは、定電圧電源Vccのインピーダンスが0Ωに近いので、R1,R2の並列抵抗が交流的にグランドにつながっていると考えて良いと思います。
2016/9/11 追記
・厄介なネット上のおそらく誤った設計不良の記事を正しいものと信じて、時間を無駄にしてしまいました。
そうしている間に、米国のリニア・テクノロジー社が、200MHzを超える周波数まで
ほぼ一定利得 約85dB のアペアンプを製品化していました。
TC6268-10 - 超低バイアス電流の4GHz FET入力オペアンプ