BJTトランジスタ1石によるAMコレクタ変調特性の基礎計算実験
従来から良く知られているBJTトランジスタを使ったAMコレクタ変調の電気的特性について、アナログ乗算器としての特性が1石のトランジスタ構成で、どこまで出せるか、その性能限界を見極めるため、LTspiceを用いて性能評価を行った。
その結果、浅めのAM変調では、ある程度のアナログ乗算器としての性能が出せるものの、その性能や特性には限界が見られ、デバイス技術の発展した現時点でも、ギルバートセル乗算器や真空管より優位となるような性能を引き出すことは、困難かもしれないことが判明した。
1.1 ベース定電流制御式コレクタ変調-方式1
トランジスタ式小信号電圧増幅リニアアンプでは、トランジスタのIc(コレクタ電流)の飽和領域で、Vbe(ベース電圧)またはIb(ベース電流)の振幅をリニア増幅し、トランジスタのコレクタに接続された負荷抵抗両端に発生する電圧を出力として取り出すことで、電圧増幅を行う「負荷線を使った低周波アンプの設計法」[1]が基礎となり、その後、トランジスタ等価回路を用いた設計法、spiceに最新のトランジスタ等価回路を組み込んだ設計とSパラメータ設計へ進んだと推定される。
こうしたBJTトランジスタ小信号リニアアンプでは、コレクタ電流を飽和させた状態の負荷線(Load Line)上をバイアスポイントを中心に入力電圧/電流信号をスイング移動させる。この時、コレクタ電流 Icが飽和していることが原因となり、アナログ乗算器として、入力電圧に比例した電圧変化をコレクタ側負荷抵抗R1に発生させることが、原理的にできなくなる。
これに対し、トランジスタのベースに定電流を流すと、ベース電圧を一定に固定した時、Vce電圧に比例したコレクタ電流が流れる特性になり、その直線比例関係のVce変化幅のダイナミックレンジが広がる特性が現れる。
このDC電圧でのVbe:VceまたはVce:Icの直線的比例関係が、高周波領域の電圧スイング状態でも維持され、かつ、VbeとVceの電圧周波数が三角関数の乗算結果であるところの、角周波数での加算、または減算の関係になれば、トランジスタは、アナログ乗算器として動作できることになる。
図1.1.1 ベース定電流制御式コレクタ変調-方式1 過渡解析結果 |
図1.1.1は、このようなアナログ乗算特性が出せるか、高周波キャリア 1MHz ±1[V]のサイン波をベースから入力、低周波変調信号 1KHz, 12+( 0~±1.0)[V]をコレクタ側負荷抵抗100Ωを介してコレクタへ入力し、コレクタ端子MOD-OUTから、コレクタ抵抗間に現れる電圧変化出力の特性を見たものである。
v(MOD-OUT)の電圧は、高周波キャリア 1MHz, ±1[V]のサイン波がスイングされ、3.6V以上の象限と、3.6V未満のAM変調波に類似した信号が見られる。
しかし、よく見ると、3.6V以上の象限と、3.6V未満の象限の包絡線は、それぞれ位相が90度ずれており、これは、コレクタ電圧との加算増幅または作動増幅が起こっていることを意味するので、AM変調波は生成されていないことがわかる。
図1.1.2 ベース定電流制御式コレクタ変調-方式1 キャリア周波数1MHz近傍のFFT解析結果 |
この現象は、図1.1.2.のFFT解析結果を見ても、キャリア周波数1MHz近傍には、999KHz, 1001KHzの変調波は、ほぼ0Vに近く、やはり、無変調状態であることがわかる。
このように、ベース定電流方式-方式1では、三角関数による電圧の乗算による位相または周波数変換動作がおこらない特性があるために、アナログ乗算器の特性は出せず、よってAM変調は不可能であることが判明した。
1.2 ベース定電流制御式コレクタ変調-方式2 過渡解析
前述の1.1ベース定電流制御式コレクタ変調-方式1のベース定電流源をVcc側から2mAベースへ流しこむ方式にすると、変調出力電圧に変化が現れる。図1.2のように、6~10.5V側の象限にAM変調波とよく似た波形が現れ、-2V~-3V近辺にAM振幅が抑圧されたようなマイナス電圧が現れている。
図1.2 ベース定電流制御式コレクタ変調-方式2 キャリア周波数近傍 FFT解析 |
この変調波のFFT解析を見るとキャリア周波数近傍のスペクトルで、変調度 30~40%程度のAM変調がかかるように改善しているようにも見える。
1.3 ベース定電圧バイアス制御式コレクタ変調
前述の1.1及び1.2について、ベース定電流制御式コレクタ変調-方式1/方式2のそれぞれに、Vcc=12Vを抵抗R5, R6で一定のバイアス電圧を与え、コレクタ電流のアイドリング時の値を、コレクタ電流の飽和してない動作領域に設定する。
図1.3 ベース定電圧バイアス制御式コレクタ変調 過渡解析とキャリア周波数近傍のFFT解析 |
この方法では、前述1.2ベース定電流制御式コレクタ変調-方式2と類似した波形が現れる。
この方式でも、変調波のFFT解析を見るとキャリア周波数近傍のスペクトルをみると変調度30~40%程度近くのAM変調がかかるように変調動作の特性改善が見られる。
1.4 ベース定電圧制御式コレクタ変調-共振LCコイル負荷式
前述1.3 ベース定電圧制御式コレクタ変調の抵抗によるコレクタ負荷を、455KHz IFT 同調コイルに交替し、同コイルの2次側から出力電圧を取り出すと、プラス電圧とマイナス電圧の象限が0Vの軸に対して、対称な形となるAM変調波が得られる。
図1.4 ベース定電圧制御式コレクタ変調-共振LCコイル負荷式 過渡解析 |
波形が歪まない程度のAM変調波形にするには、コレクタに与える電圧振幅を一定以下に抑える必要があるので深い変調はかけられない。このため、放送、通信機用途の実用性には無理があるが、回路構成が簡素で安価であるため、おもちゃの小型トランシーバや教育用送信機実験等の簡易な用途にはある程度の実用性があるかもしれない。
1.5 ベース定電圧バイアス制御式コレクタ変調-ダイオード通過式
前述1.3 ベース定電圧制御式コレクタ変調の抵抗によるコレクタ負荷から、0.1uF シリコン・ダイオード1N4148からR4=1MΩで出力を取り出しても、プラスの電圧とマイナス電圧の象限が0Vの軸に対して、対称の形となるAM変調波が得られる。
図1.5 ベース定電圧バイアス制御式コレクタ変調-ダイオード通過式 過渡解析とFFT解析 |
図1.5では、波形が歪まない程度のAM変調波形にするには、コレクタに与える電圧振幅を一定以下に抑える必要があるので深い変調はかけられない。
この方式は、コイルを使わずに、OPアンプによるBPFを追加構成できるので、IC集積化に向いた構成となれるメリットがある。放送、通信機用途の実用性には無理があるが、回路構成が簡素で安価であるため、おもちゃの小型トランシーバや教育用送信機実験等の簡易な用途にはある程度の実用性があるかもしれない。
(ただし、IC集積化は既にギルバートセル乗算器で随分昔に実現済みで、かつ電気的特性もそれがずっと優位であるため、1.5の方式が特に優れているわけではない。あくまで簡易用途の制限が伴う。)
以上の結果から、汎用小信号用BJT トランジスタ一石だけで、どこまでアナログ乗算器として動作できるか、2N3904を実例に計算した結果、その限界が見えてきたようにも考えられる。
現在の半導体技術でも、BJTトランジスタ一石だけで、真空管やギルバートセル乗算器を上回る性能を出すことはその電気的特性からみて難しいかもしれない。
デバイス製造技術の向上で、将来は、よりダイナミックレンジの広いリニアリティのアナログ乗算器特性をもつデバイスがでてくるかもしれないが、現在のデジタル化の時代流れでは、各種変調方式は、ADコンバータ、DAコンバータとDSP演算による各種変調方式が、汎用性、機能性、性能面で優位な情勢に見える。
しかし一方、これらも通信用途の大敵であるスイッチング・ノイズ、量子化ノイズ等、ノイズが発生するデメリットがあり、それらを抑圧するのが課題として現在も解決が進んでいると思われる。
[※1]通常、小信号電圧アンプでは、コレクタ電流が飽和した領域で、負荷線上にアイドリング時のバイアス中心ポイントを設定し、リニア電圧増幅動作をさせる。
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