2016年12月4日日曜日

IQ直交変調器を用いたAM低電力変調方式(SDR用)


1. AM変調電圧式からAM変調送信機回路構成の導出

AM変調電圧式は次のように表現されます。

Vam(t)=A*{Vdc+x(t)}*sin(ωc*t) ...(1) 
ωc = 2*π*fc ...(2)

ここで、

Vam(t) : AM変調電圧の時刻t[s]の電圧関数
t     : 時刻t[s]
A    : 高周波アンプA1の利得 :A>0
x(t) : ベースバンド信号(入力する音声信号の時刻t[s]の電圧関数
Vdc: ベースバンド信号電圧x(t)を底上げするDC電圧, Vdc>0
ωc : キャリア(搬送波)発振器 Voscの角周波数[rad*Hz]
fc   : キャリア(搬送波)発振器 Voscの周波数[Hz]

式(1)に従い、SDR(Software Defined Radio)用AM変調器のブロック図は、図1.にそのまま導かれます。



図1. IQ直交変調器を用いたAM変調器のブロック図


2. AM変調波のキャリア信号(搬送波信号)と変調信号、それぞの式の意味

Vdcはキャリア成分は、式(1)より、次の式(2)が導かれます。

Vc(t)=A*Vdc*sin(ωc*t) ...(2)

{
 (i) Vdc = 1.0 の時 AM変調
 (ii) 0 < Vdc < 1.0 の時 キャリア低減式AM変調
 (iii) Vdc = 0 の時DSB変調
 (iv) Vdc >1.0 の時、キャリア増加式AM変調
         (この条件では変調波がキャリアより相対的に弱く、変調が浅くなる。)
}

(2)式は、直流電圧Vdcに比例して、キャリア信号電圧が強くなり、
逆にVdc が Vdc < 1.0 の条件では、キャリア信号電圧は減衰し、
Vdc=0 の条件では、Vc(t)=0 となりキャリア信号電圧が消え、
DSB変調波(Double Sided Band)が発生する原理が導かれます。

一方、式(1)から、変調波電圧成分Vs(t)の一般式(3)式が導かれます。

Vs(t)=A*x(t)*sin(ωc*t) ...(3)

ここでベースバンド信号電圧x(t)を単一周波数のコサイン波と仮定すると、

x(t)=B*cos(ωs*t)...(4)
ωs=2*π*fs ...(5) 

式(4)が求まります。

式(4)を、式(3)に代入すると、変調波電圧Vs(t)が次のように導かれます。

Vs(t)=A*x(t)*sin(ωc*t) 
        =A*B*cos(ωs*t)*sin(ωc*t) 
        =A*B*(1/2)*{ sin((ωc+ωs)*t)+sin((ωc-ωs)*t) }
        =(A*B/2)*{ sin(2*π*(fc+fs)*t)+sin(2*π*(fc-fs)*t) } ...(6)

ここで元まった式(6)は、変調波電圧は、

(a)振幅電圧 A*B/2[V]の周波数 fc+fs[Hz] のUSB電圧成分
(b)振幅電圧 A*B/2[V]の周波数 fc-fs[Hz]  のLSB電圧成分

これら(a)と(b)が加算された電圧成分であることを意味しています。


3. 回路設計、ソフトウェア設計と、シミュレーション動作確認

上記の計算式をベースにして、トップダウン方式でAM変調計算式から、ソフトウェア機能とハードウェア機能の分担を決め、全体システムを構成し、実回路での動作を、回路製作前にspice(ここではLTspice)を使い、シミュレーション動作確認しました。



図3.1 IQ直交変調器を使用したAM変調器の過渡解析結果その1


図3.1は、AM変調回路の出力信号を、長めの時間で過渡解析したものです。
図3.1は、AM変調波の変調波と、それをFFT解析した結果を示しています。
AM変調波らしい波形と、スプリアス低減比 -40dB程度の結果が得られました。
(スプリアス低減はBPF性能で大きく変化します。)

マイクロコンピュータからは、プログラムで出力されたベースバンド信号1KHzサイン波電圧にDC信号を加えた信号をI入力信号に与え、IQ直交変調器のQ側は使わず、Q入力信号を0Vにプログラム制御し、ハードウェア側はIQ変調器をアナログスイッチ74VHC4066と、BPFを構成しています。

局部発振器の源発振器は、20MHzのクロック発振器で、プログラム制御DDSで発振周波数を指定することを仮定しています。

この20MHz局部発振器の20MHzは、D-F/F(74HC74)で4分周し、0度、90度、180度、270度の4種類の位相をシフトした信号を生成し、位相が相対的に90度ずれた2相のクロック信号5MHzを、IQ直交ミキサーに入力しています。

図3.2 IQ直交変調器を使用したAM変調器の過渡解析結果その2


図3.2は、AM変調回路の出力信号のFFT解析を、中心周波数5MHzで周波数の横軸を拡大したものです。
5.000MHzにキャリア信号、5.001MHzに変調波成分のUSB側、4.999MHzに変調波成分のLSB側が出力されています。


図3.3 IQ直交変調器を使用したAM変調器の過渡解析結果その3


図3.3は、上記図3.1の過渡解析結果に、ベースバンド信号1KHzのサイン波と、AM変調出力信号、IQ直交発振器のIクロック信号、Qクロック信号、源局部発振器20MHzのクロック発信器の過渡解析信号を並べて表示したものです。


図3.4 IQ直交変調器を使用したAM変調器の過渡解析結果その4


図3.3は、上記図3.3の過渡解析結果の横の時間軸を引き伸ばして、クロック信号波形が期待値になっているかどうかを確認したものです。

4.課題

(1)  AM変調波のスプリアス低減 -60dB以下にすること。
(2)   IQ直交変調器のスプリアス低減
  理想乗算器に近い特性の実現
(3)  別方式として、変調電圧の全てをマイコンでの計算とADC,DACで実現する方式等の検討
(4) システム構成の実現性能、価格の最適化

Appendix

A. 判明した電気電子業界の誤情報:

SSB/DSB変調については、従来方式として、ダイオード4本を使ったリング変調器が有名で、TRIO社(現在のKenwood社)の大ヒット製品TS-520X/D等に採用され、世界中で広く使われました。
このリング変調器も電気的特性としては、アナログ乗算器と同様(同機能)のものです。
(厳密にはリング変調器はスイッチング動作による周波数変換器なので、ギルバートセル型アナログ乗算器(1968年US.PAT)の動作とは電気的動作が異なりますが、周波数変換機能は同一で、数式では乗算として同一機能に扱えます。)

専門書籍やラジオ専門誌では、こうしたリング変調器にDC電圧を加えると、リング変調器のバランスが崩れ、DSB(Double Sided Band)にキャリアが現れ、AM変調信号になる、という(おそらく誤った)説が広がったままのようです。

しかし、上の式(1), 図1.を見ると、リング変調器またはアナログ乗算器に加えられる電圧は、ベースバンド信号 x(t)にDC電圧を底上げするVdc[V]をアナログ加算演算したものに該当します。
決してVdc[V]が電気的に乗算器のバランスを崩すことはないはずです。

このため、過去に書籍に書かれてきたような、「リング変調器へDC電圧を与えることでそれがバランスを崩しキャリア信号が現れる」という電気的動作現象は電気的・理論的にはあり得ず、むしろバランスしたアナログ乗算動作こそが、AM変調方式に重要な、必須の回路動作の必要条件と考えられます。


B. AM変調度の定義がおかしい?

従来まで、AM変調では変調度100%以上が過変調で変調信号が歪む」と書籍に書かれてきました。
では、SSB変調ではどうでしょう?
SSBではキャリア信号が無いので、変調度式の分母が0になり、変調度値は無限大になってしまいます。SSB変調信号は、変調度無限大ですが、歪んでいるでしょうか。

キャリアを低減したAM変調方式でも、こうしたAM変調度の定義がおかしいことがわかります。

すなわち、上記計算式からは、アナログ乗算器が歪みなくリニア増幅できる条件(ダイナミックレンジが十分に広い時)では、変調度は100%を超えても全く歪みは発生しない結果が導かれます。
従って、従来のAM変調度定義式そのもの、またはその考え方に基礎的な誤りがあるのかもしれません。

このため、プロダクト検波式受信機では、従来言われてきた過変調のAM信号波は、何ら歪みなく、変調波からベースバンド信号を復調して受信できると予想されます。


Rev.0.0 2016/12/04 初版
Rev.0.1 2016/12/10 回路シミュレーション動作確認結果を追記


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